2012年04月05日

フクシマが福島であるために 〜3.11からの教訓G〜

2月の終わりころの話。
カンニングの竹山さんが福島を旅して、その様子をツイッターでつぶやいていた。

そのつぶやきが炎上を招いたらしい。

なぜ?

その思いは、自分が作った番組とリンクした。


もちろん、多種多様な意見はあるだろうけど、その趣旨としては、

「芸能人がさも福島を安全なように思わせる発言をするのはおかしい」

といったところだろうか…


確かに、安全とは言えない。

それは専門家や研究者でさえ意見の異なるところなのだから、「安全」と言うのはおかしい。


でも、旅をし、福島を楽しむことは悪いことなのか?


福島をひとくくりに「フクシマ」として拒否することは、同じくらい危険な思想じゃないのか?


福島に暮らす人々がいる。

福島を楽しんでいる人々がいる。

自分だってその一人だ。


福島の雪山は最高だった。

温泉が、料理が、出会った人が…全てが最高だった。


たった一週間の旅でしかなかったけど、福島を好きになるには充分すぎるほど濃密な時間を過ごした。

福島の人は、その場所がどこも「安全」だとは言わなかった。

専門家が言えないのだから、自分の口からは言えないと言った。

でも、「安心」して楽しんでほしいとも言った。


原発事故から1年が過ぎ、笑顔で暮らす自分たちの姿をみて、
短期間の旅行くらい安心して楽しんでほしいと笑った。


もちろん、乳飲み子や妊婦を無理して連れてきてほしいなんて思ってない。

県外に避難できるならしたほうがいいだろうし、実際している人も多くいる。

でも、いろんな事情でその場所を動けないひとたちがいる。

その土地で生きていかなければいけない人もいる。

そんな実情の中で、福島を「フクシマ」として敬遠することは、何の助けにもなっていない。


手出しはしなくていいから、せめて邪魔をしないでほしい。

竹山さんのように、手助けをしてくれる人の邪魔をしないでほしい。

価値観の押し売りはしたくない。

だからささやかに願うだけ。


そして、いつか誰もがなんの心配もせずに福島を訪れ、地元に戻れる日がくることを心から願っている。




posted by Andy★ at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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